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コーヒーのように読後感はやや渋め ~社会派ミステリ「点と線」の感想~

コーヒーと本


松本清張は、生涯に多くの小説を書き残しました。

清張作品を初めて読む方は、作品の数があまりに多いために、

どれから手をつけていいか、戸惑うかもしれません。

 

今回、取りあげるのは、文庫本にして200ページと、

初心者の方でも手に取りやすい、推理小説『点と線』です。

松本清張の代表作に数えられる一篇ですね。

 

昭和30年代に発表された社会派ミステリですが、現在から見ると、

作中のささいな箇所から、当時の社会状況がうかがい知れて興味深いです

それでは、以下に本書の内容を書いていきます。

 

🔻 松本清張のプロフィール

 

松本清張は、明治42年、現・北九州市小倉区に生まれた(公式記録に基づいた出生地)小説家です。幼少時から苦節を重ね、さまざまな職業に就いた後、昭和26年、41歳で雑誌に連載した「西郷札」で小説家デビュー。昭和28年『或る小倉日記伝』で芥川賞を受賞をします。以後、逝去するまで健筆をふるいました。

 

松本清張の出生地

 

 その小説の特徴は、登場人物が恨みや怨恨を抱え、社会に報復する復讐劇にあるといえます。また、ミステリ、時代小説をはじめ、古代史、近現代史など、旺盛な好奇心と知識欲から幅広い作品を残しました。現在、北九州市にある「松本清張記念館」の館内には、彼の書斎を再現した展示ブースが設けられています。

 

🔻 「点と線」の内容について

 

『点と線』は、雑誌「旅」に昭和三十二年から翌年一月まで連載された、松本清張初の長編推理小説。社会派ミステリブームの火付け役となり、映画化やドラマ放映もされた、著者の代表作のひとつに数えられる作品です。

 

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『点と線』は、昭和28年度に芥川賞を受賞した『或る「小倉日記伝」』から5年後に発表されました。雑誌『旅』に連載されたことから、作中には「旅」にまつわるワードが散りばめられています。それでは、本書のあらすじをご紹介します。

 

🔽「点と線」のあらすじ

 

事件は、博多からほど近い香椎潟という海岸で起こった。朝靄の立つ一月の朝、若い男女の情死体が岩礁の上で発見されたのである。男の持っていた定期券から、身元はすぐに割れた。男は某省の課長補佐・佐山憲一だと分かり、女も赤坂の料亭に務める女中のお時だと判明する。

 

香椎潟

現在の香椎潟 奥には立花家の本城があった立花山が見える

 

佐山は、省庁の汚職事件に絡み、警察から重要参考人としてマークされた人物だった。警察は、周辺の状況や死体の状態から見て、青酸カリによる心中事件との見方をとった。東京を一週間前に発った二人は、はるか西の地で死を遂げたというのである。

 

だが、その見方にひとり疑問を抱く人物がいた。地元・香椎署の鳥飼警部である。彼は、男が博多へ来る途中、車内で不可解な行動をとったことに疑問を持ち、事件の真相を探るため、博多に着いてからの男女の足どりを丹念に検証していく。


一方、本庁の三原警部補は、某省の汚職事件の捜査で、はるばる九州の地までやって来る。彼は、独自に捜査を進めていた鳥飼警部から、事件のあらましを聞き、東京駅で二人を目撃した人物がいるとの情報を耳にする。やがて捜査の手は、東京駅で男女を目撃した官庁の出入り業者・安田という人物に向けられるが……。 

 

🔍ポイント

東京駅で生じるダイヤグラムの空白に着想をえた作品。推理小説のジャンルとしては、犯人の「アリバイ崩し」が焦点になる。

 

🔻 「点と線」を読んだ感想

 

現在から見ると、全体から受ける印象は、やや地味で物足りなさが残ることは否めません。解説にある通り、駅のホームで目撃者を仕立てる設定上の難があることや、上司が部下から進言された際の物分かりのよさなども、やや盛り上がりに欠けるところがあります。それでも、社会派ミステリブームを牽引した功績は、否定できるものではありません。

 

🔽 時刻表から垣間見えるもの

 

本書を読むと、当時の社会状況は現在とは隔世の感があると分かります。作中で表記された列車の時刻表をもとに、東京⇄博多間の移動時間を計算すると、その隔たりをつよく感じさせます。

 

  • 「特急あさかぜ号」 東京駅18:30発 博多駅11:55着  計 17時間25分
  • 「急行 雲仙号」  博多駅18:02発 東京駅15:40着  計 22時間38分

 

ご覧の通り、東京⇄博多間は、ほぼ一日がかりの大移動だったと分かります。当時は新幹線が開通する前であり、空路での移動も一般的ではありませんでした。三原警部が博多から帰京した直後、長旅の疲れとコーヒーの味に飢えて、行きつけの喫茶店に入ったシーンに、その実感がよく表れています。

 

女の子も客も、ふだんの生活の時間が継続していた。三原だけが五六日間、ぽつんとそれから逸脱した気持ちになった。世間の誰も、三原のその穴のあいた時間(九州へ行ったこと)の内容を知らない。(中略)彼は、ふと孤独のようなものを感じた。

*カッコ内は私注

 

現在は交通網の発達により、遠距離の移動の際も、それほど困難を感じることはありません。しかし三原警部に「ふと、孤独を感じた」と、作者が書き抱かせるほど、かつて、東京⇄博多間の移動には、大変な労力がいったのです。

 

ささいな箇所に、当時の社会状況を垣間見ることができます。世には、列車や時刻表をもとにしたミステリ作品は多くありますが、『点と線』はその走りにあたる点においても画期的ですね。

 

🔻コーヒーのように 読後感はやや渋め


松本清張初の長編推理小説ということもあり、舞台を故郷の福岡に設定したことや、自らが愛好する列車、時刻表、コーヒーをさりげなく配しています。また鳥飼警部という地道に足で稼ぐ人物を登場させたのは、苦労人の清張らしいチョイスといえます。個別に見ると、物足りなさの一言で片付けることはできない、滋味をふくんだ作品です。 

 

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