読書のものさし

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今を思いっきり楽しみたい! 若者の不変的な心理を描く、極上のエンタメ小説・村上龍『69 sixty nine』

リンゴ


今回読んだ本は、村上龍『69 sixty nine』です

1960年代後半の、作者の実体験がもとになった、

文庫本にして220ページ近くにのぼる青春小説です。 

 

私が初めて読んだのは、作中の登場人物と同じ、十代の頃にさかのぼります。

当時はモヤッとした印象が残りましたが、今回は違った印象を抱きました。

 

この小説のおもしろさは、今を楽しく生きたいという、

若者の不変的な気持ちを描いた点にあると思ったのです。

 

 

🔻村上龍のプロフィール

 

村上龍は、1952年に長崎県佐世保市に生まれた作家。76年、武蔵野美術大学在学中に発表した『限りなく透明に近いブルー』で鮮烈デビュー。そのスキャンダラスな小説は、たちまちベストセラーとなり、群像新人賞と芥川賞を同時受賞を果たす。24歳4ヶ月という、当時としては異例の早さでの受賞(最年少受賞者ではない)となった。 

 

長崎の地図


81年『コインロッカーベイブス』で野間文芸新人賞。97年『イン ザ・ミソスープ』で読売文学賞。2000年『共生中』で谷崎潤一郎賞など、他多数。また自作の小説を映画化する際には監督も務めた。金融・政治・経済など、メディアで積極的に発言する、現代を代表する作家のひとり。

 

🔻『69 sixty nine』の内容

 

1969年、世界は混乱のさなかにあった。国内では学生運動の騒乱により、東京大学は入学試験を中止し、各地ではベトナム戦争の抗議活動が行われていた。主人公の矢崎剣介は、九州の西端、米軍基地のある佐世保市内に住む高校3年生。

 

好奇心が旺盛で、流行に敏感な素行不良の学生だ。彼はある日、新聞部に属する岩瀬と、炭鉱町出身のアダマこと山田正に、ある計画をぶちまける。それは、音楽、演劇、映画を同時に上演する、いまだ誰も試みたことのない、フェスティバルを開催することだった。

 

映画を制作するにあたり、矢崎は同じ高校に通う、”小鹿のバンビ”こと、松井和子を主演に据えることを決める。出演の快諾をもらおうと、彼女が所属する演劇部を訪れる矢崎だったが、教師に門前払いをくい失敗に終わる。いきり立った彼は、彼女の気をひこうと、学校の屋上をバリゲード封鎖する計画を立てるのだが……。 

 

🔻『69 sixty nine』の感想

 

『69 sixty nine』は、作者の高校時代の実体験が小説化されたものです。当時の社会時勢を背景にして、若者の鬱屈したエネルギーが、一気に爆発する爽快さにあふれています。いまを楽しみたいという、若者の衝動が真っすぐ読者に伝わってきます。ところでこの小説は、60年代末におくった思春期を、語り手がふりかえる回想形式で綴られています。

 

 🔽若者の不変的な心理を描く『69 sixty nine』

 

ご存知の通り、60年代末から70年にかけては、学生運動が繰り広げられた政治の季節にあたります。一時、異様なうねりをみせた政治運動は、結局、学生側の敗北で決着をみます。この時代に思春期を過ごした作家にとって、学生運動の時代のとらえかたは、人によってさまざまです。

 

ある者は自分探しの物語として当時を回想し、ある者は多くを語らず、暗に含ませるような語り方で小説を書き続け、ある者は、その深い傷から失語症にかかり、新たな小説の形式を準備して文壇にデビューを果たします。一部の例外をのぞき、いずれの作家も暗い記憶として胸に刻まれた出来事でした。

 

この小説は、そうした暗い痕跡など微塵も感じさせません。その行動原理は至極明快です。理屈や建前で動くのではなく、女の子にもてたい! 誰よりも目立ちたい! といった欲や衝動が、彼らを駆りたてるのです。何と清々しい理由でしょう。

 

それが一群の作品と一線を画す理由であり、同時に、現代の読者に受け入れられる要因にもなっています。この小説が現代でもおもしろいと感じるのは、今を楽しみたい!という、いつの時代も変わらない、若者の不変的な心理に支えられているからでしょう。

 

🔻溌剌としたエネルギーにあふれた極上のエンタメ小説

 

笑えるポイントも用意されています。自己中心的で、イマジネーション豊かな主人公・矢崎と、沈着冷静で実務派のアダマとのかけ合い。また若者たちからもれる九州弁が、会話の内容にそぐわず、ほどよいギャップが生じて、地方の田舎青年らしさを醸し出しています。

 

と、細かい点をあげればキリがありませんが、『69 sixty nine』は、若者の溌剌としたエネルギーがあふれた極上のエンタメ小説です。いちど読んだ方も、再読してみてください。当初に読んだ印象と、また違った感想を抱くかもしれませんよ。 

 

 

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