読書のものさし

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胸躍る、時代小説の人気作家が描く戦国ロマン ~山本周五郎「秘文鞍馬経」を読む~

埋蔵金伝説に心惹かれる。その魅力は、真偽の定かでない「いかがわしさ」と、歴史の考証をもとに仮説をたてる「もっともらしさ」にある。徳川埋蔵金の検証番組など、馬鹿馬鹿しいと思いつつも、ついつい見てしまう理由はそこにある。山本周五郎の著作を手にとったのも、戦国時代の秘宝と埋蔵金が絡んだ、ロマン小説だからという一点につきる。

 

🔻「秘文鞍馬経」の内容について

 

天正十年三月、武田家二十代当主・勝頼の自害によって武田家五百年の歴史に幕が降りた。ほどなく、甲斐国・天目山の麓を、三人の落武者が逃げ延びていた。全身に傷を負い、ぼろ衣のように朽ちた三人は、徳川の敵兵に追い立てられ、野をひた走っていた。だが、壮絶な切り合いの末、奮闘むなしく力尽きてしまう。

 

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時は流れ、東軍と西軍が雌雄を決する、天下を二分する世に入った。高市家は、甲斐国で二百年余も続く、土着の豪士として名の知れた家柄。倅・高市児次郎は、家来筋にあたる伝太をつれ、武田家の勇士を弔う落武者塚で、仔熊狩りに興じていた。そこに、草むらの影から少女が姿をあらわす。名を小菊という。

 

小菊曰く、父は佐和山城の城主・石田治部(三成)の御用係を務めていたが、現在はその消息が掴めず、上野国から父を探しに京へのぼる途中だという。だが、近郊の山に差し掛かった旅中、悪者に追われ、ここまで逃げ落ちてきたと告げる。児次郎は少女の身を案じ、高市家の屋敷にひと晩、身を寄せることを勧める。

 

一方、児次郎の父・与吉衛門のもとを、鞍馬寺の老僧・閑雪(かんせつ)が訪ねる。与吉衛門は関雪から、信玄が存命中、家の将来を案じ、武田家伝来の宝物黄金二千万両とを石棺に詰め、諏訪の湖に沈めたとの噂を聞かされる。放物の隠し場所は、金襴袋に入った「武田流軍学書・五巻」に記されているらしい。

 

与吉衛門には心当たりがあった。かつて落武者塚を築いた際、彼は遺骸の近くに落ちていた金襴袋を鉄櫃に入れ、地中へ埋めたのである。急ぎ塚へ駆け馳せる二人だったが、すでに何者かに先回され、塚は夜陰にまぎれ掘りこされていた。同刻、児次郎は高市家の屋敷に身を寄せる小菊の姿が見当たらないことに気づく。

 

以降、武田家伝来の秘宝をめぐって、さまざまな人間の思惑が絡む、熾烈な争奪戦が繰り広げられる。

 

🔻伝奇ロマン小説の中にも戦下の足音が……

 

「秘文鞍馬経」は、山本周五郎が昭和十四年から十五年にかけて、子供向け雑誌に連載、戦後になって単行本として出版された、時代伝奇小説だ。子供向けの内容とは素直に頷きがたいが、血わき肉踊るチャンバラあり、人の道を説く情理ありと、サービス精神旺盛で、小気味よく読み進めていける。戦国武将の秘宝をめぐる争奪戦には、やはり心が躍った。

 

ただ、中盤以降の展開にはやや物足りなさも残る。これは作品の出来・不出来という性格よりも、戦争に入った時代の不幸がそうさせるのかもしれない。終盤、敵方とのを重んじ、双方が寛容さを示すところは、解説にある通り、作者が時代を冷静に見つめていた証拠だと思った。

 

埋蔵金や秘宝を扱った、ロマン小説として本書を読み始めたが、戦下にあった時代の影響が感じられ不意をうたれた。児童向けの小説の中にも戦争の足音が刻まれていた。

 

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