読書のものさし

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リルケが刻んだ永遠の青年像 ~リルケ『マルテの手記』の感想~

タイプライター



今回読んだ本は、ドイツの詩人・リルケが書いた『マルテの手記』です。

文庫本にして500ページを超える長編小説です。

 

立派な詩人になりたいと夢を抱くマルテが、

都会のパリへ上京してきた日々の記録が綴られています。

 

「マルテの手記」には、不慣れな世界で苦しみの底にあえぎながらも、

希望と夢を失うまいとする、美しい青年像が刻まれています

 

こんな方に!

・新しい環境に飛び込み、厳しい現実に直面した方
・自分を見つめ直したい方
・絶望の世界にじっくりとひたりたい方

 

🔻 「マルテの手記」の内容

 

舞台は二十世紀初頭のパリ。この時代のパリは、私たちがイメージする華やいだ雰囲気に包まれてはいません。表通りには紳士・淑女が闊歩するいっぽうで、裏通りには、時代に取り残された、不遇な人々があふれています。繁栄の影で、街はニ極化が進んでいたのです。

 

🔽約束された世界から大都会パリへ

 

主人公・マルテは、時代に取り残された人々を、その眼で仔細には観察していきます。マルテは田舎の町からパリへ上京してきた青年です。彼が都会のパリへ出るきっかけは、一族の家長であった父が亡くなったことがきっかけです。

 

幼少期を過ごした田舎町では、人々がいまだ心霊術に入れこみ、錬金術を信じるような、中世的な慣習が残る旧態然とした世界でした。マルテは、全体の調和の中にあって、自然に物事が収束するような、いまだ〈約束された世界〉の内に過ごしていたのです。

 

🔽未知なる世界で抱く、詩人という夢 

 

マルテにとって、パリの街は異様な世界として迫ってきます。街の規模のみならず、行きかう人々が、魂の抜け落ちた自失した姿として見えてくるのです。同様にマルテは、いまだ確固とした生の認識や実感を持ち合わせていません。彼にとって巨大都市・パリは、夢とも現ともつかない、未知の世界だったのです。

 

マルテにはひとつの夢がありました。それは立派な詩人になることです。自らに〈見ること〉を課すのは、生涯の夢である、詩の糧になると考えたからです。「詩は経験から生まれる」ことを信条にする彼は、街角を通り過ぎる人々の、表情や仕種のひとつひとつを観察するのです。

 

🔽清浄な世界をもとめる、青年の美しい軌跡

 

マルテの胸には、ある希望の炎が灯っています。その希望とは、先人たちが残した偉大な足跡と、幼少時代の美しい思い出だった、恋人アベローネの存在です。彼は先人たちの偉大な功績と、過去の美しい記憶を胸に抱えながら、清浄な意志を消すまいと懸命に生きるのです。

 

マルテは夢の実現の前に挫けそうになりながら、その希望を絶やすまいと、必死にもがき続けます。『マルテの手記』は、繁栄をうたうパリの片隅で、絶望にあえぎながら、清浄な世界をもとめる、美しい青年像が刻印された作品です。 

 

🔻「マルテの手記」の感想

 

「マルテの手記」を読むと、ある作品との共通点に気づきます。田舎に住む青年が、未知なる都会でさまざまな経験を繰り返す……。この話、どこかで読んだ覚えはないですか。細かい内容にこそ違いはあれど、あの小説とそっくりです。そう、夏目漱石の『三四郎』です! 

 

🔽『マルテの手記』と『三四郎』の共通点

 

『マルテの手記』は、『三四郎』と非常に似た構造をもっています。『三四郎』は、主人公・小川三四郎が、九州の田舎町から東京の大学へ進学するために、汽車で上京をするところから話が展開します。

 

上京の際、車内で一緒になった人物から、日本の将来を悲観する言葉を聞かされたり、大学の教授宅で知り合った、美穪子(みねこ)に想いを寄せたりと、東京での大学生活を焦点にした青春小説です。ふたつの作品には、新たな世界へ旅立つ内容ならではの、ある特徴があります。

 

🔽マルテにとって心のお守りとは?

 

それは田舎と都会、旧世界と第三の世界、といったように、過去と現在の世界が、明確に棲み分けられてることです。注目したいのは、主人公が旧世界から異世界へ身を投じる際に、心の支えとなる人物が登場することです。

 

『マルテの手記』においては、それは幼少時の恋人だったアベローネとの記憶であり、『三四郎』においては、郷里にいる母親(または同郷の人物)がそれにあたります。こうした人物は、主人公にとって、新世界に飛び込む際の、心の支えとなるお守り的な役割を果しています。いわば主人公の心の緩衝材になっているのです。

 

🔍ポイント

主人公の心の支えとなる、お守り的(護符的)役割を果たす人物が登場する!

 

🔻リルケが刻んだ永遠の青年像

 

あなたにも経験はないでしょうか? 上京時、旅立ちの時、大切な人から贈られた品物や思い出を、心の支えにしたようなことが。どんなにささいな思い出や小さな物でも、当事者にとっては、何ものにもかえがたいものです。その点では、主人公のマルテも我々と同じです。

 

『マルテの手記』は決して明るい小説ではありません。いや、だからこそ、彼が胸に秘める美しい思い出や清らかな意志が、いっそう輝きを放って胸に迫ってきます。新たな環境に飛び込み、厳しい現実に直面した方、自分を見つめなおしたい方、絶望にじっくりとひたりたい方に、オススメしたい一冊です。

 

 

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